2012年3月3日土曜日

轟の滝 (高知県 香美市 香北町猪野)

国道195号線を走っていると、「轟の滝」の看板が目に入ったので、行ってみました。車で行くとえらい目にあいます。道がとてつもなく狭いです。距離も意外とありました。

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駐車場。ここらか、左の道へ、下方向へ5分ほど歩く必要があります。

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駐車場のすぐ近くの橋から、「轟の滝」の上流の川を眺める。たいした流量はなかったです。

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駐車場のすぐ近くにある滝。「轟の滝」がどんなものか、全然、知らなかったので、これが「轟の滝」かと一瞬、思いました。

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駐車場から道を下りていくと、展望台があります。

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展望台から見た轟の滝。今まで見た滝の中で一番、形状が複雑です。車が三つあるわけです。時間がなかったので、滝壺のほうには下りませんでした。滝壺のほうを見ると橋がかかっていたので、行ったら面白そうな気がします。

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轟の滝玉織姫伝説(駐車場にあった看板)

上の看板を写す

轟の滝玉織姫伝説
平家一門、平良種は伊和三太夫と名を改め、源氏の追補を逃れ、諸国流転の余生を柚ノ木の山里で過ごしていました。 一人娘玉織姫は、近郷に比類のない美貌と天性のはた織りの名人でした。 ある日の夕方、玉織姫は、川向こうの大久保へはた織りの道具を返しに行きました。 しかし、娘は夜遅くなっても帰りません。愛娘の身を想い、宝刀一尺八寸の小太刀をしっかりと握り、探しに行きました。烈しい憤怒のあまり小太刀を口にくわえて、濃藍の滝壺めがけて、身を躍らすとそこには、乾ききった岩盤の世界があり、美しい我が子が父を待っていました。 娘は泣く泣く「これが、私の夫です」と大蛇を見せました。大蛇は若者の姿になり、三日父を接待し、共に帰ろうとする父に、絹3巻を渡し、孝行できないことを詫び、永遠の別れを告げました。生還してきた伊和三太夫は、三年の月日が経っていたことに驚きました。 その後、伊和家と柚ノ木の山里には、平和な日々が訪れ次第に繁栄していきました。いつの頃からか滝壺の近くに繁栄と幸福の女神として、玉織姫を祀る社「轟神社」が建てられています。

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